ひまわりBちゃんのよもやま話

小さい島で生まれて、今は九州本土(長崎)で暮らしています。寅年の還暦女です。母で、妻で、嫁で、現役助産師『ひまわりBちゃん』の日々の出来事を綴ります。共感していただけたら幸いです。

母と叔母の涙の再会

おはようございます。

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私の義父母(ともに87歳)は2年半前から、

老人ホームの夫婦部屋に入居している。

義母の認知症が進んだので、義父も一緒に入居を決めてくれた。

夫が成人した後、義父は義母と再婚し、

その後40年余り二人仲良く暮らしてきた。

つまり夫にとって、義母は継母。

でも、実の母のように私たち家族に常に愛情をそそいでくれているので、

夫も私も心から感謝している。

そして慕っている。

 

叔母夫婦は隣の市で割烹屋さんを営んでおり、

義母はそのお店で50歳ごろから20年間ほど経理の仕事を任されていた。

義母が大好きな私は、小さかった子どもたちを連れて

ちょくちょく義母の勤務先の、

その割烹屋さんに行ってはご馳走になっていたものだ。

女将の叔母は日本舞踊と木目込み人形作りが趣味の、きさくで美しい人だった。

 

姉妹は、二人してポジティブで、ストレートにものをいう人たち。

「陰口はキライ。言いたいことがあれば誰とでも面と向かって話し合う。」

これが姉妹の一貫した姿勢だ。

二人、よくぶつかって口喧嘩をしていたけれど、

互いに信頼しあい、めちゃくちゃ仲良しというのは、一目瞭然だった。

 

叔母(義母の妹75歳)の危篤の知らせが入ったあと、

ホームの許可を頂いて、

昨日の朝、義父母を連れて久しぶりに叔母の自宅へ向かった。

介護ベッドに横たわる小さくなった妹の前で、義母の認知症は一瞬治った。

 

義母「大丈夫ね?きつかったね ......。私よ、会いに来たよ。わかる?」

叔母 薄く目をあけて、少し声を出してうなづく。

義母「きつかったね。よく頑張ったね。よかよか、もう目を閉じてゆっくり寝なさいね。」

手を握ったり足をさすったり、ひととおりスキンシップをして涙目の母😭。

切なくて私もぽろぽろ。

と、そこまではよかったのだが.........。

 

義母「それにしても、アナタ歯がきれいね~。それ、自分の歯?👀?」

叔母 うぐぐ…と目を閉じたまま苦しそうな声でうなづく😞。

義母「はぁぁぁ~。自分の歯!!感心ねぇ😃👍。」

いやいや おかあさん、いまそれ(歯の話?)ですか💦?

義母「本当に自分の歯ね?うわぁ、きれかねぇ。😊👍」

おかあさん、しつこいですぅ💦。

義母「あら~。まだ手も足も温かいよ。大丈夫。まだ大丈夫😃👍。」

う~~む........。この励まし方ってOK?😱

義母「またくるけんね。頑張らんばよ。きつかけどね😊。」

義母「またって、もう来れんと思うけど👀。もうこれが最後ばい。ね、ひまわりちゃん?」

何とも、私としてはリアクションが難しい。

 

でも........

この姉妹の会話は、これで良いのかもしれない。

ずっと本音でぶつかり合ってきた姉妹だ。

口先だけの慰めなど、要らないのだろう。

二人は心底分かり合っている。

 

帰りの車中、義母はずっと最愛の妹の思い出話をしていた。

「あの子はね、一番苦労したとよ。商売を始めたし。同居の姑さんが厳しかったけんね~。でも、根性があるとよ。よう頑張った。 etc..........」

 

二人が会えて、

良かった。

 .................................................

14:16 追記

叔母が、今朝旅立ったと、知らせが来ました。

享年75歳。(若い。早い。)

大切な親族とのお別れは、

覚悟をしていても

辛いものですね。

お読みいただきありがとうございました。

明日もいい日になりますように。

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