ひまわりBちゃんのよもやま話

小さい島で生まれて、今は九州本土(長崎)で暮らしています。寅年の還暦女です。母で、妻で、嫁で、姑🔰。現役助産師『ひまわりBちゃん』の日々の出来事を綴ります。共感していただけたら幸いです。

グレイトジャーニー③ 不登校引きこもりの娘を外の世界に連れ出してくださった先生のこと

こんばんは。

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思い出話を小説風にしてみました。

ご笑覧いただけましたら幸いです。

グレートジャーニー③

どうやって生きていけばいいのか分からない。夢も希望もない。死ぬ事ばかり考えている。そんな若かった頃の私に、先生が仰いました。

「この世界は、苦労してわざわざ捨てる価値すらないのですよ」と。

 

「ならば人はどうして生きているのですか?」

 

昏い目をした若者の、未熟かつ抽象的な愚問に、先生は笑ってお答えになりました。

 

「それがわかればノーベル賞ですよ。」

 

初夏の頃でした。先生が毎日決まって水を遣る、野苺とハーブが育つ中庭の、大きな窓のひだまりの中で、私は静かに泣いたのを覚えています。

 

私は今日ずっと心配していた事を尋ねました。

 

「少しお痩せになったのではないですか?」

 

先生は草臥れた笑顔で、「まあね。」と仰いました。

そして一度深く深呼吸をして、教えてくださいました。

 

「この病魔は確実に私を殺すと医者は言ったよ。」

「…どういう事ですか?」

 

表現が理解できなかったわけじゃない。ただ、理解したくなかった。できなかったのです。

 

「この病気は治らない。余命は、入院しても、もって一年。」

 

私は息を呑みました。

 

「一年…。」

 

そんなに早く。

 

「入院するか家に帰るか聞かれたよ。だが、あの家は私のすべてだ。まだ読みきってない本もたくさんある。もうすぐ野苺が実をつけるし、妻との最後の思い出も作りたい。やりたいことがたくさんあるんだ。」

「では、入院は…。」

「しない。」

「そんな!」

「妻も私が家で死ぬのを望んだ。」

「でも!」

 

先生は手をあげました。もういいんですよ、この話は。と。

 

「あのとき君は、人はどうして生きているのかと聞きましたね。」

 

先生は微笑みながら切り出しました。私は黙って聞いていました。

 

「答えは、私も未だに分からない。」

 

「ノーベル賞は私にとっても遠すぎるものでした。身の程を知らなければいけませんね。」

ーーーそう言ってわざと明るく振る舞おうとしておられました。

 

私は、分からないふりをして、本当は全部、分かっていたのです。

この賢者ですら、人と同じように死を恐れている。

「治療も受けずに死を待つなんてダメです!!先生はあのとき私に、何としても生きろとおっしゃったではありませんか!」

私はわなわなと震えながら叫びました。

先生は静かに微笑んだまま、涙を一粒流しました。

 

「孤独はいつでも私の友達です。」

 

重い沈黙が訪れようとしたその時、なんとも場違いなふうに、老オーナーの奥様が、

 

「お待たせしました〜!いや、遅くなってごめんなさいね、歳をとるとどうしても手際が悪くなってしまっちゃって、もう!」

 

ニコニコとカレーとスープを持ってきました。

 

「あら、お二方ともどうされたんですか、お通夜みたいに!やだわ、もう!はい、これ食べて元気を出しなさいな!あとこれ伝票ですからね、置いときますから!ごゆっくり〜!」

 

これはあまりに無神経だと思いつつも、パタパタとキッチンに戻られる奥様の後ろ姿を目で追い、次に、今しがた出された、どうにも無力なカレーとスープの器をまじまじと見つめていると、なんだか感情的になってしまった自分たちがあほらしく思えて、私と先生は笑ってしまいました。

そしてどこか吹っ切れたように、スパイスの効いた黄色いカレーと、キノコの入った温かなクリームスープを、お互い何も喋らずに頬張るのでした。

 

(明日に続きます。)

お読みいただきありがとうございました。

明日もいい日になぁ〜れ😊。

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